じんぞーの日記

32歳で突然、透析生活を送ることになった男が透析生活をどう楽しんでいるか、苦しんでいるか、何をしているか、他に透析食品などを紹介しています。新たな人生として、翻訳家になるべく0から勉強しています。

原付で東日本1周した話 その7

こんにちは。じんぞーの日記にお越しいただきありがとうございます。じんぞーです。

 

 

 

12日目(東京〜静岡)

友達に見送られながら、出発。朝の南青山を僕は一人場違いな格好をしていました。まずは横浜に向かいます。

 

結論から言うとこの日を境にバイクが一段と調子悪くなります。その原因の一つが横浜の坂の多さ。イメージにはなかったのですが、ほんと多いんです。多分大きいバイクだと気にならないと思いますが、この坂がジャブで聞いてくるんです。

 

途中休憩していると、自転車でツーリングしている学生位の人に話しかけられました。近畿から来ているようで、この方も横浜の坂にやられたと言っていました。

 

横浜を超えて、いざ鎌倉へ。初めての鎌倉、湘南でしたが、すごく素敵なところですね。皆があこがれるのがわかる気がしました。鎌倉で大仏を見に行って、駅周辺なども散策しました。もちろん江の島へも行ってきました。感動しましたね。本当にあるんだって感じです(笑)

 

それにサーファーがとにかく多いですね。ほんといっぱいいました。

 

サーファーと太平洋を眺めながら走ります。そのままなぜか国道1号線を離れて、御殿場方面へ向かいます。

 

この箱根越えがバイクのエンジンにクリティカルヒットします。今思い返してもなぜ、あんなハードなルートを選んだのか謎です。「こんなとこ原付で来るとこじゃねー」と何度叫んだかわからないです(笑)途中休憩中に話しかけてきた自転車を追い越しましたが、無事箱根を越せたんでしょうかね。

 

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この当時一度生で富士山を見たことがなかったので、絶対に見たいと思っていました。あのテレビでよく見る富士山を見たい。それがこの旅の目的の一つでした。

 

ところが富士山に近いはずなのに全く見えません。手前の山が邪魔しているのでしょうか。いずれ見えるだろうと走っても全然見えてきません。そのうち「富士山5合目」という看板を見つけます。頭の中は「?」です。いつ富士山に登った?意味が分かりません。地図を見ればわかるんですけどね。当時はよくわからず、焦ってしまいます。

 

とにかくあのテレビで見る富士山を見たい思いで探します。どんなに探しても見つかりません。それどころか完全に迷います。もともとどこを走っているのかよくわかってなかったのに、闇雲に走ったせいで、完全に完ぺきに迷います。本当に地図を見て、看板を見ても自分がどこにいるのかわかりません。唯一わかるのは富士宮市のどこかにいるということだけです。家もあまりない、小さな町内みたいなところにいましたので、とりあえず、大きな道に出ようと、そうすれば、方向はわかると思い、走りますが、全然大きな道にでません。っていうか同じ町内の界隈に戻ってきてしまうのです。同じ周辺をグルグルグルグルです。そのうちほぼ暗くなってしまいました。しかもたどり着いたのは街灯も家もあまりないようなところです。もはや富士宮にいるのかもわかりません。

 

そこにたまたま犬を散歩させている女性の方が通りましたので、半べそをかきながら静岡に行きたい、とにかく国道1号線につながる大きな道を教えてくださいと聞きました。女性の方はなんだこいつと思ったでしょうね。ツーリングの人がくるようなところではないし、何か必死だし(笑)

 

すると女性は少し考えて、「この道をまっすぐ行って、何々の看板とポールを通って、二つ目の信号を曲がれば大きな道に出る」と教えてくださいました。その間犬はひたすら僕の足のにおいを嗅いでました。

 

お礼を述べて走り始めます。この時すでに真っ暗です。暗い中走ります。が、ますます道沿いは寂しくなるばかりです。非常に心配になりながらも、もはやあの女性を信じるしかありません。勝手に曲がったりすれば、再び迷います。しかももう真っ暗。家も全然ありません。

 

とにかく女性を信じろと自分に言い聞かせて10数キロ走ります。10数キロですよ。すると女性の言っていた目印が次々と出てきます。看板、ポールを超えると、1個目の信号が出てきました。果たしてこの信号が言っていた信号かどうかわからないなと思いながら走ること数キロ。2個目の信号が現れます。そこで曲がると遠くの方に沢山の車のライトが並んでいます。うわー車のライトだっ!!と歓喜しましたね。その後国道1号線にもすぐに合流できました。

 

とにかくあの女性には感謝しています。驚くのは何キロも離れた信号の数をよく覚えているなと思いますし、機転を利かして目印をいくつか教えてくれたことは本当に助かりました。実際目印をみつけなかったら、横道にそれていたかもしれないなと思います。ほんとあの女性は恩人です。

 

その後は富士山の事など全く気にせず、ひたすら静岡に向けて走ります。途中当時はまだ清水市だった(僕の記憶が間違いなければ)現在の清水区により、泊まろうかと思いましたが、やはり静岡まで行こうともう一度気合を入れて、静岡に向かいます。

 

静岡に着いた時はかなり夜も遅い時間でした。その時は駅は工事中でした。