じんぞーの日記

32歳で突然、透析生活を送ることになった男が透析生活をどう楽しんでいるか、苦しんでいるか、何をしているか、他に透析食品などを紹介しています。新たな人生として、翻訳家になるべく0から勉強しています。

原付で東日本1周した話 その6

こんにちは。じんぞーの日記にお越しいただきありがとうございます。じんぞーです。

原付(スーパーカブ)で東日本1周した話を書きます。

 

 

 

10日目(仙台〜日立)

台風、パンクなどが相次ぎ日程がかなり遅れてしまいました。本当は福島でもゆっくりしたかったのですが、この日に越えなければならず残念。

 

さらに宇都宮でおいしい餃子をたべる予定でしたが、バイクが山を越えられるか心配で結局茨城に向かうことにしました。とにかくひた走ります。とは言っても福島もなかなかの山・山・山。むしろ深い谷を走る道路が多く、この旅で一番山の深いところを走りました。

 

そんなこんなで日立に到着。やはり日立の看板が目立ってました。

 

 

11日目(日立〜東京)

本日は大都会東京に入るということで、気合を一発入れて出発。東京にいる友達には事前に連絡して会うことになっていました。やっとこの旅で友達と会えそうです。

 

日立を出発し、千葉に入ったあたりから、さすがに車が増え始めます。

 

しかし、千葉をすぐに抜けて、東京に入ってからが大変でした。見たことのない車線の数、車も尋常じゃないほど走っています。しかも道路が入り組んでいてものすごくわかりにくい。信号もどこをさしているのかわからず、行っていいのかだめなのかがわからない。パニックです。南青山に泊まる予定でしたので、まずはそこを目指します。よくわからないので246にとりあえずは乗ろうとしますが、全然わかりません。ずっと同じ界隈をグルグルグルグルしてました。いつまでたっても銀座、日本橋の辺りから抜け出せないんです。その間友達からはまだかの鬼電がかかりまくりです。結局1時間以上遅れて南青山に着いて、合流しました。友達はずっと僕が原付で来たのを信じてくれないので、自分の宿まで行き、原付を見せました。それでも笑ってバカじゃないの(笑)と言ってましたよ。

 

明大前の焼き肉屋で飲み、南青山に戻り、また飲みそのまま寝てしまいました。

 

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ちょっと脱線

ここまで、北陸→東北(日本海側)→北海道→東北(太平洋側)→関東と走ってきました。このあと東海へと向かいます。関東、東海はあまりないのですが、東北地方を走っていて感じたのは道路標識が結構わかりづらいんです。おそらく皆さんの地域でも住んでいるからわかるけど、初めて通ったらわかりづらいのでは?なんて場所があるのではないでしょうか。ぼくが走った中では、東北が多かったです。東京は違う意味でわかりづらいですが・・

 

何がわからないかと言えば、要は不親切なんですね。まず、分かれ道で看板がなくて、どちらが何号線かわからないとか、国道でもすごい狭い道もあり、しかも看板がずっと手前に出ているから、ちょっとした横道なのかそれとも主要道路なのかの区別がつかずに、しばらく走っておかしいななんてことはしょっちゅうありました。そのたび、ロードマップを見て、それでもわからず、近所のおじいちゃんに聞いて、時には先導してもらって何とかかんとかって感じです。

 

前日にある程度詳しいマップで使う道路は確認したりして、この道はおかしいぞと早めに気づかないと特に東北などは、ずっと道が続いて、間違いに気づけません。

 

少しでも疑問に感じたらすぐに確認した方がいいです。今はスマホがあるんで、便利ですよね。でもなければないで、迷ったり、人に聞いて交流したりするのも楽しい思い出になりますけどね。