じんぞーの日記

32歳で突然、透析生活を送ることになった男が透析生活をどう楽しんでいるか、苦しんでいるか、何をしているか、他に透析食品などを紹介しています。新たな人生として、翻訳家になるべく0から勉強しています。

原付で東日本1周した話 その1

こんにちは。じんぞーの日記にお越しいただきありがとうございます。昨日久々に不整脈がでたじんぞーです。おそらく疲れが溜まってたところに食べ過ぎが重なったのが原因ではないかと思います。僕の不整脈は胃の調子悪さも影響しています。むしろ胃から来てるような気がします。

 

 

 

 日数と旅費

今回の旅は16日の日程で、旅費はだいたい10万ほどでした。

 

持ち物はバッグ、リュック、ポシェット、地図、カッパ、ブルーシート、荷物用の紐、グローブ、着替え2,3日分、財布、携帯、たばこです。

 

バッグは下に磁石がついていて、原付の荷台にくっつくタイプでした。ブルーシートは雨が降て来たら、荷物にかぶせていました。

 

 

思い立ったら

前にも書きましたが、大学の進学をきっかけに北海道から富山へ移り住んだ僕は新しい環境にしばらく慣れることができずにくすぶっておりました。そんな日々を過ごすなか現実逃避を兼ねてしばらく旅に出ようと決めました。北海道と違い、富山は他の県と陸続きですので、その辺は北海道より旅がしやすいなと。

 

最初は鉄道を使って日本1周でもしようと計画を建てていましたが、ふとバイクで行きたいな、風を感じたいな(笑)と思い、バイクに変更しました。

 

とは言ってもバイクの免許は持ってないし、乗ったこともありません。今からバイクの免許を取りに行くのはめんどいということで、普通免許で乗れる原付に決定!さすがに日程的に日本1周はきついので、東日本1周に変更しました。

 

そう決めた次の日にバイク屋に行き、スーパーカブを購入。納車するのをウキウキで待ちながら、原付旅の情報やマップを購入し、ざっとだけ計画を建て、バイト先には10日間休みをもらい、準備完了させました。

 

持ち物は基本一日中触らないカバンに着替えを2,3日分を入れます。すぐに取り出せるリュックには雨に備えてカッパとブルーシート(荷物にかける)、マップ、ユースホステルガイドをいれて、腰にはポシェットを巻いてお金、携帯、たばこを入れてました。荷物はそれだけです。

 

ツーリング予定時期は大学夏休みの9月頭。そうなると雨が・・・

その年は特に年間通して天気が悪く、とにかく雨がやまないのです。せっかくなら晴れの日に出発したいですよね。っていうか濡れたくないし。

しかもその時は当時甲子園で優勝したことのない北海道代表が優勝しそうだったので、それも予定が遅れた原因です。

 

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1日目(富山〜新潟)

そんなだらだらと日程を延期し、旅やめよっかななんて考えていた時に何となく観た天気予報で、今日は久々に晴れそうと言っています。「よし、今日でちゃおう」ということで慌ただしく出発。旅の1日目がスタートです。

 

時計回りで進んだ方が日本の場合左側走行ですので、ずっと手前側に海が見えるということで、富山を出て、中間目的地である実家のある北海道に向けて出発。

 

いざ、出発すると迷いが・・今なら引き返せる、いや決めたからには進もう!を何度も繰り返し、前方に見えていた立山連邦が徐々に近づき、とうとう横に来た時、もう引き返さないと決意しました。

 

初日の目的地は新潟市。ひたすら海岸沿いを走ります。富山県朝日町と新潟県糸魚川の県境は親不知という地名で昔は自分の親や子でさえ構っていられない程の険しい断崖だったことからついたらしいです。そんな海がすぐ近くの景色を眺めながら、ひたすら北上しました。

 

しかし、僕は新潟県の縦の長さをなめてました(笑)しかも新潟は南から上越中越下越と3つに分けられます。新潟市下越なんですね。新潟県でも北の方なんです。まあ行けども行けどもつかない。直江津を過ぎて、中越に入り、休憩所に入ると、そこそこ大きな地震があったようで、鉄道は徐行運転をしたり、ニュースは地震のことばかりでした。

 

そんなこんなで柏崎を過ぎて、やっと下越地方へ。新潟はやはり米どころなんだなと思い知らされたのは海岸から離れて、少し中に入ると今度はひたすら水田です。それがすごくきれいなんですよ。でもずっと同じ景色があまりに続くもので、途中で自分が何をしているか忘れてしまいそうになってました。

 

良寛道の駅を覗きつつ、新潟市へ無事到着。